「介護をする」世代が
支え合い、励まし合える場所

鞆の浦塾サロン 式見景子さんの物語り

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

町の人が集う
鞆の浦塾サロン

再生された民家が憩いの場に

2015年の夏から秋にかけて開講された
「鞆の浦まちづくり塾」。
地域共生の町づくりが学べる塾で、
様々なプログラムが行われた。

そのひとつに、鞆の浦の古民家再生がある。
目的は、町の人のための「居場所づくり」。
塾生達が道越地区の空き家を大掃除して、
心地の良い空間に整えた。

その家は今、「鞆の浦塾サロン」となっており、
まちづくり塾の主催者だった介護施設のさくらホームや、
第一期塾生、地域住民によって運営されている。

サロン運営に積極的に参加しているという
式見恵子さんに話を聞くことができた。
式見さんは鞆の浦に住んでおり、
まちづくり塾にも参加したそうだ。
サロンがオープンするのは、火・木・土曜日で、
英会話のレッスンや介護予防体操、
地元の人によるお話会などが行なわれている。
式見さんは、得意の折り紙を教えているとのこと。

「教えているというか、
一緒に楽しめたらなっていう感じですよ」
式見さんは明るい笑顔を見せながら言う。

「サロンに来てくれる方は60代が多いかな。
この年代は親の介護をしている人が多くてね。
私も自宅で母の介護をしているんです」

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

同世代の仲間と
語り合い励まし合う

介護は明るく楽しくがモットー!

式見さんは母親と二人暮らし。
長年、薬剤師として働いてきたが、
母の介護が必要になって退職を決意し、
今は自宅で介護に専念している。

「明るく楽しい介護生活をモットーにやってます。
でも私たち介護世代ってね、
仕事をしながら介護をしてる方もいるし、
自分が大きな病気をして
健康不安を抱えている方もいるんです。
しんどいことが色々あるわけですよ。
ちょっと辛い時に、ここへ来て誰かと話をすると
気が晴れたりするんですよね」

そういう式見さんも、
4年前に手術が必要なほどの大病を経験している。
母の介護をするために退職を決めた後、
病気が見つかったのだ。
突然治療が必要になったのだが、
仕事の引継ぎなどをすませていたおかげで、
すぐに手術をすることができ、順調に回復した。
今は、同じように手術を経験した同世代の人に
「大丈夫よ!」と言って励ますこともあるそうだ。

式見さんの明るい笑顔に癒されている人が多そうですね、
と言うと、
「ん~、でも私、根暗なんですよ!」と式見さん。

「色々考え込むこともあるんです」
そう言う顔もまた笑顔だ。

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

割り切ったつもりでも
日々悩みは絶えない

私の職業人生は終わってしまうのか?

「実はね……」と式見さんは
介護を始めた頃に悩んでいたことを打ち明けてくれた。

「最初は新鮮なことも多かったんだけど、
やっぱり介護生活ってマンネリ化するでしょう?
私の薬剤師としての人生をこのまま終えて
いいのかと不安になって、『やっぱり仕事をしたい!』
って思うようになったんです」

白衣を着て仕事していた毎日が恋しくなったのだ。
式見さんはその気持ちを「白衣ロス症候群」と名付けていた。

「その白衣ロスになってた時ね、
まちづくり塾で仲良くなったさくらホームの方に、
自分の気持ちを話したんですよ。
そしたら、すごく肯定的に受けとめてくれて、
『仕事をしたいって気持ち、いいじゃないですか!
いつでもうちが力になりますよ』って言ってくれたんです」

式見さんには、母の介護を誰かに任せて
仕事をしたいと思う自分を責める気持ちが
少しあったのかもしれない。
でも地域の介護施設のスタッフに、
そんな言葉をかけてもらって、すごく気持ちが楽になったそうだ。

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

受けとめてくれる人が
いるから頑張れる

聞いてもらえるだけで元気になる

「結局、仕事には復帰しなかったんですけどね。
さくらホームにもお世話になることなく
介護を続けていますけど、
身近に介護のプロがいるだけで心強いですよね」

式見さんはゆっくりと話し続ける。

「あとね、やっぱり同じ境遇の人達と、
このサロンで話すっていうのが
本当にいい息抜きになるんですよ。
しゃべる場があるだけでね。
日によっては集まる人数が少ない日があったりするんだけど、
そういう時にみんな、
聞いてほしいことをしゃべりだすんですよ。
大人数だとちょっとよそ行きの会話になっちゃうでしょ?
でも、2、3人だとねぇ、
結構、色々と出てくるんですよ~!」

式見さんの満面の笑みにつられて、
こちらもついつい笑ってしまう。

式見さんは、このサロンが介護世代の
「元気の素」になると嬉しいという。
誰かを介護するというのはたやすいことではない。
在宅介護だとなおさらだ。
つらいこと、不安になることが、数えきれないほどある。
そんな時、介護の専門家にアドバイスをもらったり、
同じ辛さを抱える人と語り合えると、
心が少し軽くなるのだ。

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

ここは羽を休めにくる
止まり木のような場所

「自分は一人じゃない」と思える場所

介護を終えた人からの言葉に
ホッとすることもあると、式見さんは言う。

鞆の浦塾サロンには、長年親を介護して、
看取りをした人達も来る。
そういう人達に、式見さんが
「母がこんなことをして困った」
と話したことがあるそうだ。

「そしたらね、『うちもそうだった。みんなそうよ』
って言われたんですよ。
そんなふうに言われたらね、
あぁ、そうかぁと思えるんですよ」
ふふっと笑いながら式見さんは言った。
介護を終えた人の言葉は、
介護真っ最中の人を元気づけるのだ。

「私、働いていた頃は
町の人と話すことなんてほとんどなかったけど、
まちづくり塾に参加して、
サロンの運営に関わるようになって、
色んな人と話すようになりましたよ」

そうやって話すようになってはじめて、
それが「元気の素」になることに気づいたのだろう。

ある人がサロンのことを
「みんなの止まり木」と言っていたそうだ。
普段は一生懸命、飛び回っている鳥達が、
気軽にちょっと一休みする場所。
少しおしゃべりして、一人じゃないことにホッとして、
また羽ばたいていく。

そんな鞆の浦塾サロンは、鞆の人にとって
「なくてはならない場所」になりつつある。

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鞆の浦塾サロン
式見景子さんの物語り

多世代が共に過ごし
語り合える場所へ

実現するための「第一歩」は思い描くこと

「ただ、もっと家の近くにも、
こういう場があったらいいなぁって思うんですよ」

 鞆の町は南北に細長く、
式見さんが住んでいる御幸地区は町の北部にある。
自宅から鞆の浦塾サロンまでは少し距離があるのだ。

「いつか、自宅の近所に
こういう場所がつくれたらいいなと思ってます。
自宅の一部を人が集まる場所として
開放するのもいいかなって。
そこで介護世代同士が支え合ったり、
介護を終えた世代の助言を受けたり。
『なんかあったら手伝うよ』とか
『それでいいんだよ』とか、
そんな簡単な言葉をかけてもらえるだけで嬉しいですもんね」

自分が「白衣ロス」だった時は
それだけで落ち着いたから、と式見さんはつぶやく。

「それと、子ども達にも来てほしいんですよね。
一番いいのって、昔の家庭みたいに
色々な世代が触れ合うってことじゃないですか。
ずっと一緒だったらしんどいかもしれないけど、
たまには、いいでしょう?
だから今、鞆の浦塾サロンに
子ども達を呼ぶ方法を考えてるんです」

式見さんの元気で明るい笑顔を見ていると、
彼女なら何かやってくれそうな気がしてくる。

「まだ、希望とか空想ですけどね」

そんな気軽さがいいのだと思う。
何事もきっとそこから始まるのだから。

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