鞆に住むという幸せ
それが彼女の歌になる

シンガーソングライター 谷本志帆さんの物語り

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シンガーソングライター
谷本志帆さんの物語り

静かで素朴な
鞆の奥座敷

長い防波堤がある平港の美しい景色

長い防波堤がある平港の美しい景色

鞆の浦には3つの港がある。
町の北部にある原港、常夜燈のある中心部の鞆港、
そして、南部の平地区にある平港。

平港には、「平の波止」と呼ばれる長い長い防波堤がある。
防波堤の途中に、玉津島という小島があり、
その先にも、さらに防波堤が続いている。

波止に守られた平の港は、とても静かだ。
平地区まで訪れる観光客はおらず、喧噪とは無縁の場所。
聞こえてくるのは、穏やかな波の音。
そして時々、パシャンと魚の跳ねる音。

そんな平地区で出会ったのが、谷本志帆さん。

「ここは時間が止まっている感じがするんです。
それがすごく心地良くて」

谷本さんの言葉に、私も頷く。

谷本さんは、すぐ近くに家を借りて住んでいるという。
2014年の年末に、福山市内の坪生町から引っ越して
きたのだそうだ。

自分でリノベーションしたというご自宅を見せて
もらえることになった。

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シンガーソングライター
谷本志帆さんの物語り

一目見た時から
イメージが湧いた

地元の人の協力を得てリノベーション

玄関には、小さなランプの明かり。
風通しの良さそうな、きれいに磨かれた廊下。
小さな座敷には、品の良い家具がしつらえてあった。

素敵なお家ですね、と言うと、
「最初はボロボロだったんですよ」と谷本さん。

この部屋も埃まみれで、床や壁も張り替えたという。

「掃除が大変だったんですけど、奥田さんっていう地元の
方がすごく親身になって助けてくれて。大工さんや水道屋さんも
奥田さんから紹介してもらったんです」

それでも自分でできることは自分でして、費用も
最低限に抑えたのだそうだ。
そして約2カ月かけて、自分にとって心地良い空間を
作っていった。

「手を入れなくても住める家も紹介してもらったんですけど、
ここを見た時にすごくイメージが湧いたんです。ここは
こうできるな、あそこはこうしようって」

コロコロと可愛らしい鈴が鳴るような調子で谷本さんは話す。
地元の人の手を借りながら、「住み家」を整えていく作業は、
きっととても楽しい時間だったのだろう。

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谷本志帆さんの物語り

鞆の浦に住んで
変化したこと

環境が変わると求めるものが変わる

町のネオンが少なく、自然に囲まれた場所で暮らすことに
憧れていたという谷本さん。
鞆の浦は何度も訪れたことがあり、ずっとここに住みたいと
思っていたそうだ。
インターネットで貸家情報を探したこともあったけれど、
結局、鞆の物件は見つけられなかった。

「でも母の関係でご縁があって、鞆の空き家に住まないかと
いうお話しがあったんです。それで、やったぁ!夢が叶った!って、
速攻で引っ越しを決めました」

今、谷本さんは以前住んでいた家の近くにある障がい者施設で
働いているが、もうすぐ鞆にある「さくらんぼ」という
施設で働く予定だそう。
さくらんぼは、障がいを持つ子ども達を療育する施設で、
平地区内にある。

自宅も職場も鞆、ということになれば、ほとんどの時間を
この静かな町で過ごすことになる。
ずいぶんとライフスタイルが変わりそうですね、と
谷本さんに言うと、鞆に住み始めてからすでに自分の中で
変化があったと話してくれた。

「父が箏曲家で、私も8歳から箏を始めたんですけど、長い間
弾いてなくて。でも鞆の古き良き街並みの中で暮らしてると、
なんだかまた箏を弾きたくなりました。日本の文化に触れたいって
思ようになったんです」

ずっとギターをメインでやってたんですけどね、と谷本さん。
なんと、自分で作詞作曲をしながら音楽活動をしているという。

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谷本志帆さんの物語り

心に染み入る声と
心を揺さぶる歌詞

一瞬で人を魅了する時間が生まれた

案内してもらった奥の部屋にはいくつものギターが置かれていた。
さっきまでいた座敷とは、全く違う印象だけれど、
これもまた、谷本さんの世界。
色々な顔を持っていることに、驚かされる。

谷本さんは、16歳でギターを始め、高校時代には自分で
つくった曲で弾き語りのライブ活動を始めたそうだ。
今も月に2回程度、ライブに出演している。

せっかくだから、一曲歌っていただけませんかとお願いしてみると、
谷本さんは照れくさそうにしながら、数あるギターの中の
一本を手に取った。Martinのヴィンテージ・ギターだ。

チューニングを終えて、ゆっくりとギターを弾き始めた時、
谷本さんの表情がフッと変化した。

歌い始めたその声も、別人のよう。
話す時の鈴を転がすような声とは違い、
囁くような、でもとても力強く、心に染み入る歌声。

人間の歴史は 争いばかり
人を傷つけて 今日も戦う

弱い心が また嘘をつく
嘘は自分の心の 正当防衛

赤子の頃に見た夢は 一粒もない
このままでは この国は廃れてしまう

人間の歴史は 争いばかり
一つの心が優しくなれば この世界はきっと平和になる――

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谷本志帆さんの物語り

音楽を通して
やりたいこと

自分の幸せを周りに広げていく

歌が終わると、思わず大きな拍手をしてしまった。
すぐにもとの表情に戻って笑顔を見せる谷本さん。
『優しい国へ』という歌だそうだ。

一瞬で人の心をわしづかみにする歌だった。
音楽と真剣に向き合っている人ならではの迫力がある。

「私にとって、音楽はすごく大切。絶対に音楽がある暮らし
をしていきたい」

そんなふうに話す谷本さんに、
音楽を通してやりたいことはありますか、と尋ねてみた。

「自分が音楽を届けることで、精神的に不安定な人や、
何か問題を抱えている人達が、笑顔になってくれれば……。
幸せっていう感覚が、伝わっていけばいいなって思います。
私自身が日々の生活で幸せを感じていれば、
そういうことが上手く伝えられるんじゃないかなって思うんです」

自分自身が楽しく生きる。
その「楽しさ」を自分は音楽で周りに伝えることができる。
やがて、自分の楽しみが、まわりの楽しみになっていく。
それが、谷本さんの願い。

そして、彼女にとって、楽しく生きることと鞆に住むことは
深くつながっているのだという。

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谷本志帆さんの物語り

その生き方が
人の心を打つ

ありのままに生きる歌うたい

家を出て、谷本さんと一緒に、防波堤の上を散歩した。
海風に吹かれつつ、水平線を見ながら細い防波堤の上を
歩いていると、海の上を漂っているような感覚になる。

ふいに谷本さんが言った。
「今、ちょっとずつだけど、自分の目指す生き方に近づいてるって
感じがしてて。それってすごく安心するんです」

鞆に引っ越しする時も不安感は全くなく、
この方向に進めば、絶対に楽しいことがある!という
感覚だったそうだ。

谷本さんを見ていると、「ありのままに生きている」という
表現がぴったりだ。
そんな素直な彼女がつくる歌だから、あんなにまっすぐに
人の心を打つのだろう。

谷本さんは自分の音楽で人を変えようとは思ってない。
でも、彼女の歌に出逢う人はきっと自然に変わっていく気がする。
それは、健常者でも、
谷本さんが仕事で関わっている障がいを持つ人でも同じだろう。

防波堤から平の町を眺めながら、
谷本さんの歌をもっともっと聞きたいなぁ、と心から思った。

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Nipponia Nippon
ニッポンを魅せる 故郷を魅せる 〜地域からニッポンを元気にする〜