ぶっきらぼうな言葉の奥に
平を想う優しい心があった

「NPO法人 鞆の人と共にくらしを」稲葉繁人さんの物語り

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「NPO法人 鞆の人と共にくらしを」
稲葉繁人さんの物語り

「人」と 「地域」を 結ぶ橋

鞆の「人」を、深く想う

ぼくは、鞆湾の西側を走る県道を、南へ真っ直ぐ辿る。
そして、平(ひら)の町の空気を、伸びやかに吸う。

いよいよ潮騒は近く、すぐ左手を眺めると、
おや、銀鱗(ぎんりん)、踊ったかなー、
生き生きと海面が、光と遊んでいる。

鞆バイパスの三叉路に突き当たっても、
まだ、真っ直ぐ海沿いを行く。

すると、海に突き出して建つ、
一軒の建物が、すっと、ぼくの目に映じた。

高さこそないけれど、まるで“崖の上”にでも
腰を預けているかのような、その佇まい。

表玄関には、アニメのイラストが描かれた看板があった。
そして、ひらがなで可愛らしく、
「ともひらほいくしょ」と、記されている。

しかし、そこには、他にもふたつの看板が、
同時に掲げられていた。

「鞆の津ふれあいサロン」、
そして、「鞆の人と共にくらしを」―。

その柔らかい響きに、心くすぐられたのだろうか、
ぼくは、この施設を訪ねてみることにした。

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「NPO法人 鞆の人と共にくらしを」
稲葉繁人さんの物語り

保育所、やさしい再利用

平の海辺の施設見学

ぼくが「ごめんください」と言うと、
ひとりのおじさんが“のしり”と 門前にやってきた。

肩には手拭いをひっ掛け、顔立ちも少し強面(こわもて)に見えた。
そこで、ぼくは、強いてひとつ声の調子を上げ、
「こんにちは」と、明るく親しげに挨拶してみる。
しかし、どうも反応が素っ気ない。
それでも、ぼくは挫けずに、東京から来て鞆の浦を歩いていたら、
この施設と出逢った。そして、興味を感じて、ふらりと
立ち寄らせてもらったのだ、と説明を加えてみた。

おじさんは胡乱げにぼくを眺めながらも、
結局は、ぼくを招き入れてくれた。
「こっち来い」と、ぶっきらぼうだけれど、どこかあたたかい。
このおじさんが、この施設の代表の稲葉さんだった。

スリッパに履き替え、ひとつの部屋の前を通りかかる。
その中の、ミニチュアのような風景。
ちいさなちいさな、机と椅子。とても低い位置にある、黒板。
そして、ゆっくりと年を積み重ねてきた床の木目。
そのどれもがとても懐かしく、また、不思議に
心地よい愛着を感じさせてくれる。
消防車のおもちゃが転がり、ガラス戸にはチューリップの
シールも貼られていた。庭を眺めると、鉄棒や滑り台など、
カラフルな子ども用遊具も、いくつかあった。

そうか、「ともひらほいくしょ」、か。
ぼくは、稲葉さんに尋ねる。

「ここ、元は保育所だったんですか?」

「そうそう」

と、稲葉さんは、案外に優しく頷いてくれる。

「保育所は二〇一一年の三月に閉園して、その後、
その年の六月から、わたしらが使わせてもろうとる。再利用な」

「鞆の津ふれあいサロン、ですか」

「そうそう。そういうことで、今は、この施設を
地域に開放して、みんなに使ってもろうとる」

稲葉さんは、そのまま渡り廊下を奥へと進み、
海際のフェンスまで、ぼくを案内する。
そこから少し身を乗り出すと、眼下に、
藍色の海がざぷんざぷんと力強い音を響かせながら、
白い泡を立てているのが眺められた。稲葉さんは言う。
「な、この平の方からの景色もええもんじゃろ」

平地区というのは、鞆湾の西端から海沿いへ南に下った、
平港周辺の地域のことだ。
その平からの景色。なるほど、絶景だった。
遮る物のない海面が、生き生きと間近で踊っている。
平の港から出た漁船が、一筋の白い航跡を、すうっと描きながら、
ゆっくりと遠ざかってゆく。

「ここは、鞆の中でも一番海に近い施設なんよ。
で、ここから眺めてると、一日の潮の満ち引きが、よう分かる」

ぼくは、はあと素直に感嘆する。
海と寄り添うように立つ施設―。
自然の営みを、さわり、肌で感じる。

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稲葉繁人さんの物語り

みんなの 第二の家

ふれあいサロン、その役割

事務室で話を聞かせてもらうことになった。

「ま、座って」

ぼくは座りながら周囲を見回す。

この「鞆の津ふれあいサロン」で行われたイベントを
紹介している新聞記事などが、壁に幾枚か貼ってある。
稲葉さんは、ぼくの視線を追って、説明を加えてくれる。

「それな、子どものための“忍者ごっこ”な。あと上映会もしたし、
高齢者には椅子に座ってできる体操教室なんかも開いた」

「色々なことをやるんですね」

「じゃけん、地域に役立つことだったら何でもするよ」

稲葉さんは腕を組み直して、続ける。

「ちいさい子から高齢者まで、年齢は無制限でな。
できるだけ自由に開放してる。介護予防教室なんかの
会場としても使ってもろうてな」

稲葉さんは言う。

「わたしらが目指しとることは、地域の“居場所”づくり。
“居場所”いうのは何か言うたら、一番いいのは家なんよ。
我が家。家が落ち着かなんだら駄目なんで。それがまず第一じゃけど、
そこにずーっとおるかいうのも無理じゃろう。
それで、ちょっと寄ってみようかと、そういうふうに思える空間が、
外に必要なわけなんよ。第二の家みたいな、の」

地域住民がいつでも集える場を作ろうという試み、
その時間のかかる試みに、じっくりと腰を据えて取り組んでいるんだ。

「まあ、ちょっとずつじゃな。我が家がいいものを、わたしたちの
勝手で引っ張り出すいうんは、ちがう。イベントをこつこつやって、
それで初めて、地域に根付いていきよるわけよの」

営々たるその歩み。
その根気や熱意は、いったいどこから来るのだろう?
ぼくは、じっと稲葉さんの手を見た。

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稲葉繁人さんの物語り

地域貯金

助け合いの循環

稲葉さんは、腕を組み直しながら、言う。
「鞆みたいな地域はの、地域が人の面倒を見るような、
そんな体質があるんよな。東京の方で最近あるじゃないの、
あの、孤独死、いうんかな、そりゃ絶対あっちゃいけんことなんじゃし、
そもそも、こういう地域には少ないんよ、そういったことは」

たしかに、鞆の浦という地域には、都会が失って久しい、
地縁的、相互扶助的な人間関係が、まだ豊かに保存されているように見える。

そして、その中で、「鞆の津ふれあいサロン」が、
地域の“居場所”として機能し始めている。そこに、
地域住民の“共生のしくみ”が、築かれつつある。

さらに、稲葉さんは続ける。

「じゃけ、わたしらを生かしてくれとる地域に対して、
わたしらも、何かしてあげんといけんわけじゃ。
そのことを、『貯金』する、いう言葉で呼んでる」

貯金?

「うん、『貯金』いうんは、お金を貯める、いう意味じゃないよ。
地域のために役立つことをする、いうことが『貯金』なんよ。
で、そういうことしていった中で、歳とって、
もう自分では『貯金』することができんようになったら、
それまで地域に貢献してきた分を、自分の蓄えた『財産』として、
今度は自分自身のために使ってもらう、いうことな」

そうか。地域の助けとなることを、
「健康な働き手」が積み立てていくことで、
「助け合いの資本」を循環させていくんだ。

地域に、一種の「徳」を積み重ねていくことで、巡り巡って、
その「徳分」がいつか自分に返ってくる。

助け合いが、連鎖し、そして、循環する。
平のあたたかい共同体は、人と地域の支え合いで、できている。

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稲葉繁人さんの物語り

みんなで作る「いきいきサロン」

世代を超えた、わかちあい

ぼくは、稲葉さんのデスクの上に、一枚のCDを見つけた。
ジャケットには「いきいきサロン讃歌」という表題があった。
そして、そのタイトルを囲むようにして、子どもの手によると思われる似顔絵が、
いくつも描かれていた。

「わたしら、法人作っててな、それでこうしてCD出したわけよ」

ぼくは、表に掲げられていた、NPO法人(特定非営利活動法人)の看板を思い出した。

「えっと、『鞆の人と共にくらしを』、ですね」

「そうそう」

と、稲葉さんは頷く。

「で、このCD、何かいうたらな、『いきいきサロン』いうて、
鞆小の子らと、地域の高齢者がいっしょになって作った歌なんじゃ。
体操付きよ。高齢者のためのものでもあるけえ、体操ないと意味ないんよな」

それから、稲葉さんは、CDのジャケットを指し示しながら続ける。

「ここに、鞆小学校四年生って書いてあるじゃろ」

「あ、ほんとだ」

「二〇〇〇年度の前半に、相互的学習が始まった時期があったろう。
その中で、各学年、地域と関わって何かせい、いう話があったわけよ」

子どもと地域との交流が少なくなりがちな現代において、
それはとても有意義なことだと思った。

稲葉さんは言う。

「そして、鞆小の中から四年生の子らが、ここに通い始めた。
授業時間を二時間分使ってな。で、年寄りの昔話聞くじゃとか、
いろいろ交流するわけよ」

ぼくは、自分が小学生の時には、そんな学習時間があっただろうか、
と考えながら、稲葉さんの話に耳を傾ける。

「いっしょに遊ぶ高齢者の中にも、色んな人がおる。
話が上手な人がおったり、楽器ができて歌が歌える人、
体操ができる人なんかもおったりしてな。
そうして、子どもたちと遊んでいる内に、
ひとつ歌を作ろうって話が出た」

稲葉さんは、CDのケースを開け、ぼくに歌詞カードを見せてくれる。

今日も元気にやってきた
みんなの笑顔を見るために
うれしいことはわかちあい
かなしいこともわかちあい
いきいきサロンで歌いましょう
いきいきサロンで踊りましょう

その歌詞と共に、体操の「振り」が図解で示されている。とても見やすい。

「それで、せっかくだから四年生にも歌ってもらえばええんじゃないか、
いう話になって。担任の先生も協力してくれて、
子どもたちには合唱で参加してもらった」

「それは、子どもたち、いい経験になったでしょうね」

「そうじゃったらええんじゃけどの」

稲葉さんはくすぐったそうにそう言って、少しだけ笑った。

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稲葉繁人さんの物語り

地域の「かすがい」

協力してもらうんが特技なんよ

「この『いきいきサロン讃歌』な、
せっかく子どもたちが歌ってくれたけえ、
終業式の日までにCDにして渡してやりたくてな、
制作先に急いでもらった」

稲葉さんは、子どもたちの似顔絵が
描かれたジャケットを、ぼくに手渡す。
間近に眺めてみると、個性的な「顔」たちが、
晴れ晴れと笑っている。

「学校には、子どもたちに似顔絵を
描かせてくれいうてな。思い出になるけえ、
少し絵を描く時間とってもらってな。
制作先を突つき、担任を急がして、それで、
何とか帳尻合わせて、終業式に間に合わせた」

その調整能力は、すごい。

「でも、ひとついけんこともあった」

稲葉さんは、そう言いながらも、
愉快そうに顔を少し綻ばせて、続ける。

「担任の先生が、自分の似顔絵描き忘れたんじゃ」

ぼくもつられて、笑う。

「まあ、裏話じゃ。先生も笑いよったけどな」

このCDを、稲葉さんは一ヶ月もかけずに完成させたという。

「わたしは、自分で何ができるわけじゃないけど、
みんなのことは見れる。じゃけ、あっちゃこっちゃ、
話つければいいわけよ」

そうして、稲葉さんは真顔の中にも、
少しいたずらっぽく目で笑いながら、言う。

「そういうことで、みんなに協力してもらう、
いうんが特技なんよ。じゃけ、
わたしに巻き込まれた人は、大変なことになるわけよ」

そして、あははと、ぼくたちは初めて
いっしょになって、笑った。

地域の「かすがい」。

稲葉さんのような人が居ることで、平の町では、
いくつもの新しい巡り逢いがあったことだろう。

この町のあたたかさは、こういう人の存在によって、
底の方から支えられているのだなと、
ぼくは心から、そう思った。

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稲葉繁人さんの物語り

地域の宝・子を育てる

「場」による“きっかけ”づくり

稲葉さんは、CDの子どもたちの
似顔絵を眺めながら、言う。

「でも、子どもたちといっしょにやっていく中で、
心掛けてたことがあった」

それは、何だろう。

「授業という括りの中じゃけど、
せっかく学校の外で学習するんじゃけ、
普段できんことを経験させてやりたい、
いうのがあった。じゃから、ほんとは
学級委員なんかの子がやれば上手くいくんじゃろうけど、
そればあ(そればかり)じゃあないよと、
いつもは目立たん子にも役をつけてやってくれと、
そう言うんじゃ。そしたら、その子がぽっと
成長することがあるじゃない」

なるほど。 「場」が人を育てるということも
あるんだろう、きっと。

「例えばこういう話よ、生徒が十人おったらな、
担任の想いをわかる子が二人は必ずおるんよ。
で、まん中の六人か七人も、ある程度はわかるんよ。
で、残ったのが、何言うてもわからんのよ。
じゃけど、これをわかるようにしてやらんと、
教育じゃないんよ」

通常の授業では、その「先生の想いがわからない子」は、
どうしても切り捨てられてしまいがちになるのかもしれない。

そこで、稲葉さんは「場」を、「環境」を
新たにすることで、学校という空間の中で
がちがちに形成されてしまった、児童ひとりひとりの
「役割の箍(たが)」を、いったん外して
あげたかったのだろう。

「そういうことでな、新しいことに挑戦する
“きっかけ”を作ってやってくれいうことで、
担任の先生には話するわけじゃな」

そうして、稲葉さんは、CDのケースを指先で、
たんたんと優しげに叩きながら、じんわりと言う。

「無理させるわけじゃないんじゃけどな、
長いことかけて、いろんな角度から、
子どもには“きっかけ”を与えてやらんといかん」

稲葉さんの、子どもを想う目は、やさしい。

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「NPO法人 鞆の人と共にくらしを」
稲葉繁人さんの物語り

頑固でやさしい、地域のかなめ

想いと責任と

ぼくは稲葉さんの姿勢からは、
地域のくらしに対して、
自らが、責任という重き荷を背負おうという、
毅然とした覚悟を感じた。

高齢者を想い、子どもたちを想い、
そして、町を、地域を想う。

―困ったことがあったら、稲葉さんのところへ。

常時当番が詰めている、
この「ふれあいサロン」の存在は、
平の住民にとって、どれほど大きなものだろう。

稲葉さんは、地元の住民だけでなく、
介護の実習や地域活動のために、
外から訪ねてきた学生さんたちにも、
その力を、惜しげもなく貸してくれている。

頑固そうで、ぶっきらぼうで、
だけど、その分、飾らずに、嘘がなく、正直で、
そして、なにより、やさしい。

―地域に役立つことだったら何でもするよ。

その真率な想いと、それに伴う、責任と覚悟。
稲葉さんのその言葉は、決然とした響きを伴って、
ぼくの心に、じんと沁みた。

ぼくは稲葉さんと逢って、またひとつ、
「鞆の浦」という地域と、近しくなれた気がした。

帰り、稲葉さんはぼくを門まで送ってくれた。
ぼくは、お礼を述べ、「さようなら」と言った。

稲葉さんは、もごっと小さく笑って、こう応えた。
―まあ、また来い。

門を後にして、今度は右手に平の海を眺めながら、
ぼくは、鞆湾の方に向かって歩いていく。

途中、ふと、振り返ってみた。
あの「平のやさしい施設」は、変わらず、
藍色に煌めく波の上に、ぷかりと浮かんでいた。

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